小学校で児童の主体性を育む探究テーマと問いの設定:実践的アプローチと具体例
探究学習は、児童が自ら問いを立て、情報を収集・分析し、解決策を探る能動的な学びのプロセスです。この探究学習において、その学びの質を左右する重要な要素が「テーマ設定」と「問いの設定」であると認識しています。
小学校の現場では、既存のカリキュラムとの両立や、どのようにすれば児童が主体的に探究活動に取り組めるのかといった課題に直面することも少なくありません。本稿では、児童の興味関心を引き出し、主体性を育む探究テーマの設定方法と、質の高い「問い」を立てるための実践的なアプローチ、そして具体的な例をご紹介します。
1. 探究学習における「テーマ」と「問い」の重要性
探究学習の出発点となるテーマ
探究学習の第一歩は、児童が興味を持ち、深く掘り下げたいと感じる「テーマ」を見つけることです。テーマが児童にとって魅力的であればあるほど、主体的な学習意欲が喚起され、持続的な探究へと繋がります。広範なテーマから、児童一人ひとりの関心に寄り添い、具体的な探究へと繋がるテーマへと絞り込む過程も、重要な学びとなります。
児童の主体性を引き出す「問い」の力
テーマ設定の次に重要となるのが「問い」の設定です。良い「問い」は、児童の思考を刺激し、次の行動へと促す原動力となります。単なる知識の習得に留まらず、なぜそうなるのか、どのようにすれば良いのかといった深い思考を促し、児童が自ら答えを導き出すプロセスを重視する探究学習において、問いは学びの質を決定づける要素です。
2. 児童の興味関心を育む探究テーマの設定方法
探究テーマは、児童が「もっと知りたい」「もっと深く考えたい」と感じるような内容であることが理想的です。
(1) 日常生活からの発見を促す
児童の身の回りには、探究の種が無数に存在します。例えば、通学路で見かける植物の変化、給食の残量の問題、地域のイベントや昔の遊びなど、日常的な出来事や疑問からテーマを見つけることは、児童にとって親しみやすく、具体的な探究へと繋がりやすいでしょう。教師は、児童が日常の中に潜む「なぜだろう?」「どうなっているのだろう?」という感情に気づけるような働きかけを行うことが大切です。
(2) 既存の教科内容との連携
探究学習は、総合的な学習の時間に限らず、各教科の学びと深く連携させることができます。例えば、理科の単元で学ぶ内容を、より身近な現象や社会問題と結びつけてテーマ設定を行うことで、教科の枠を超えた深い学びへと発展させることが可能です。算数で学ぶデータ活用を地域の交通量調査に応用する、国語で学ぶ意見文の書き方を地域の課題解決のための提案に活かすなど、既存カリキュラムの発展形としてテーマを設定する視点も有効です。
(3) 広すぎず狭すぎないテーマの選定
探究テーマは、児童が取り組みやすい適切な広さであることが重要です。 * 広すぎるテーマの例: 「世界の環境問題について」 * 漠然としすぎて、どこから手をつけて良いか分からず、児童の意欲が低下する可能性があります。 * 狭すぎるテーマの例: 「〇〇小学校の桜の木の葉の枚数」 * 探究の深みに欠け、すぐに結論に至ってしまい、学びが広がりません。
適切なテーマの例: 「〇〇小学校の給食の残量を減らすにはどうすればよいか」 これは、児童にとって身近な課題であり、原因分析から解決策の考案、実践までの一連の探究活動が可能です。
3. 主体的な学びを促す「問い」の立て方
テーマが設定されたら、そのテーマを深く掘り下げるための「問い」を設定します。良い問いは、児童の思考を活性化させ、探究活動の方向性を示します。
(1) 良い「問い」とは何か
良い問いにはいくつかの特徴があります。 * オープンエンドであること: はい/いいえで答えられない、複数の答えや解釈が存在する問い。 * 多角的な視点を含むこと: 物事を様々な角度から考えるきっかけとなる問い。 * 探究を促すものであること: 情報を収集し、分析し、考察する行動へと繋がる問い。 * 児童の知識レベルに合っていること: 児童が自力で、あるいは協働で探究できる範囲の問い。
(2) 問いの設計ステップ
児童が主体的に問いを立てるプロセスを支援するためのステップをご紹介します。
ステップ1: 児童の「知りたい」を引き出す
テーマについて、児童が漠然と抱いている興味や疑問を自由に書き出させます。「不思議に思うこと」「もっと知りたいこと」などを付箋に書き出し、共有する活動が有効です。
ステップ2: 観察・体験から問いの種を見つける
実物を見たり、体験したり、専門家の話を聞いたりする中で、より具体的な疑問が生まれることがあります。例えば、校庭の植物を観察した後に「どうしてこの草はこんなに強いのだろう?」といった問いが生まれるかもしれません。
ステップ3: 「なぜ」「どのように」で問いを具体化する
ステップ1や2で出てきた漠然とした疑問を、「なぜ」「どのように」「どのような影響があるか」「どうすれば改善できるか」といった具体的な言葉で表現し直します。これにより、探究の方向性が明確になります。 * 例:漠然とした疑問「ごみが多い」 * → 「なぜ、私たちの住む町ではごみが多いのだろうか?」 * → 「どのようにすれば、ごみを減らすことができるだろうか?」
ステップ4: 問いの範囲と深さを調整する
設定された問いが、児童の学習時間や能力に見合ったものであるかを確認します。広すぎる場合は焦点を絞り、浅すぎる場合はさらに深掘りするような支援を行います。この際、教師が一方的に修正するのではなく、児童との対話を通じて問いを洗練させていくことが重要です。
4. 学年・科目別の探究テーマと問いの具体例
ここでは、学年別や科目別に探究テーマと問いの具体例を示します。
(1) 低学年での実践例
低学年の児童には、身近な自然や生活の中から素朴な疑問を見つけ、五感を使いながら探究できるテーマが適しています。 * テーマ例: 「校庭の生き物たちのひみつ」 * 問いの例: 「アリはなぜいつも列になって歩くのだろうか?」「ダンゴムシはどんな場所を好むのだろうか?」 * テーマ例: 「水の不思議を探ろう」 * 問いの例: 「雨の日はどうして空がどんよりしているのだろうか?」「コップの水をこぼさずに運ぶにはどうすればよいか?」
(2) 中学年での実践例
中学年の児童は、より広い視点で物事を捉え、簡単な実験や観察、情報収集もできるようになります。 * テーマ例: 「私たちの町の環境を守るために」 * 問いの例: 「町のごみはどこへ行くのだろうか?」「私たちができるごみを減らすための工夫にはどのようなものがあるか?」 * テーマ例: 「日本の伝統文化を知ろう」 * 問いの例: 「なぜ日本にはこんなにも多くの祭りがあるのだろうか?」「昔の人はどのようにして文字を書いていたのだろうか?」
(3) 高学年での実践例
高学年の児童は、社会的な課題や未来について考察するなど、より複雑なテーマに取り組むことができます。情報収集や分析、意見交換のスキルも高まります。 * テーマ例: 「食料問題と私たちの選択」 * 問いの例: 「なぜ世界には食べ物が余る国と足りない国があるのだろうか?」「私たちが日常でできる食品ロス削減の取り組みには何があるだろうか?」 * テーマ例: 「AIは私たちの生活をどう変えるか」 * 問いの例: 「AIが進化すると、私たちの仕事や遊びはどのように変わるだろうか?」「AIと上手に付き合うためには、どのような力が必要になるだろうか?」
(4) 既存教科との連携による問いの例
- 社会科連携: 「私たちの町の歴史と未来」
- 問いの例: 「この町は昔からどんな姿だったのだろうか?」「将来、この町をより良くするために、私たちにできることは何だろうか?」
- 理科連携: 「植物の成長のひみつ」
- 問いの例: 「同じ植物でも、育つ環境によって成長に違いが出るのはなぜだろうか?」「効率的に植物を育てる方法はあるのだろうか?」
- 国語科連携: 「表現力を高めるために」
- 問いの例: 「相手に自分の思いが伝わる文章を書くには、どんな工夫が必要だろうか?」「様々な表現方法を知ることで、どのようなメリットがあるだろうか?」
5. 探究を深めるための教師の支援
探究テーマと問いの設定は、一度行えば終わりではありません。探究活動を進める中で、新たな疑問が生まれたり、問いが深まったりすることも自然なことです。
問いの共有と対話の促進
児童同士が立てた問いを共有し、互いに意見を交わす機会を設けることは、問いを多角的に捉え、深める上で非常に有効です。教師は、児童が安心して自分の考えを表現できるような心理的安全性の高い場を創出することが重要です。
問いの発展と修正をサポートする
探究が進むにつれて、最初の問いでは限界があると感じる場合もあります。そのような時には、教師が「この問いの先にどんな疑問が生まれてきたか?」「もっと深く掘り下げるにはどうすれば良いか?」といった問いかけをすることで、児童が自ら問いを修正したり、新たな問いを立てたりすることを支援します。
まとめ
小学校における探究学習の成功は、児童の興味関心から始まる適切なテーマ設定と、主体的な学びを促す「問い」の設定に大きく左右されます。教師は、児童が日常の中の疑問に気づき、それを探究活動へと繋がる「問い」へと昇華させるための伴走者として、きめ細やかな支援を行うことが求められます。
本稿でご紹介したアプローチや具体例が、小学校の先生方が探究学習を計画し、児童の主体的な学びを育む一助となれば幸いです。児童一人ひとりの好奇心を大切にし、その「なぜだろう?」を大切に育むことで、探究学習はより豊かなものとなるでしょう。